当社の調査をもとにした営業秘密侵害事犯の告訴が受理されました
今月、当社が調査を行った営業秘密侵害事犯(不正競争防止法違反)で、侵害を受けた企業が警察に告訴状を提出、これが受理されました。
はじめに
デジタルフォレンジックが活躍する内部不正にもいくつかの種類があります。
IPA(独立行政法人情報処理推進機構)が発表している「組織における内部不正防止ガイドライン」では、内部不正を次のように定義しています。
違法行為だけでなく、情報セキュリティに関する内部規程違反等の違法とまではいえない不正行為も内部不正に含めます。内部不正の行為としては、重要情報や情報システム等の情報資産の窃取、持ち出し、漏えい、消去・破壊等を対象とします。また、内部者が退職後に在職中に得ていた情報を漏えいする行為等
「違法とまではいえない不正行為も内部不正に含む」と書かれているように、実際の内部不正は、ほとんどが刑事事件に発展することなく民事的に解決されています。
このことは、後述するように、不正競争防止法による営業秘密侵害事犯による検挙が極めて少ないことからも見て取れます。
つまり、内部不正調査のうちでも刑事告訴の基礎となるものは「ガチ中のガチ」であるといえます。
営業秘密侵害事犯とは
そもそも、営業秘密侵害事犯とはどのようなものでしょうか。
法律の条文は、不正競争防止法第21条第1項に規定されています。
第二十一条 次の各号のいずれかに該当する場合には、当該違反行為をした者は、十年以下の懲役若しくは二千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
一 不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、詐欺等行為(人を欺き、人に暴行を加え、又は人を脅迫する行為をいう。次号において同じ。)又は管理侵害行為(財物の窃取、施設への侵入、不正アクセス行為(不正アクセス行為の禁止等に関する法律(平成十一年法律第百二十八号)第二条第四項に規定する不正アクセス行為をいう。)その他の営業秘密保有者の管理を害する行為をいう。次号において同じ。)により、営業秘密を取得したとき。
二 詐欺等行為又は管理侵害行為により取得した営業秘密を、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、使用し、又は開示したとき。
三 不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、前号若しくは次項第二号から第四号までの罪、第四項第二号の罪(前号の罪に当たる開示に係る部分に限る。)又は第五項第二号の罪に当たる開示によって営業秘密を取得して、その営業秘密を使用し、又は開示したとき。
四 不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、前二号若しくは次項第二号から第四号までの罪、第四項第二号の罪(前二号の罪に当たる開示に係る部分に限る。)又は第五項第二号の罪に当たる開示が介在したことを知って営業秘密を取得して、その営業秘密を使用し、又は開示したとき。
五 不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、自己又は他人の第二号から前号まで又は第四項第三号の罪に当たる行為(技術上の秘密を使用する行為に限る。以下この号において「違法使用行為」という。)により生じた物を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、又は電気通信回線を通じて提供したとき(当該物が違法使用行為により生じた物であることの情を知らないで譲り受け、当該物を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、又は電気通信回線を通じて提供した場合を除く。)。
なにを言っているのかよくわからない条文です。
数字が漢数字なのは原文のままです。なんで漢数字なのかといいますと、法律の原文が縦書きだからです。
実は「第〇項」というところはアラビア数字なのですが、第1項は「第〇条」のすぐあとに続く条文なので表記されません。
この第21条でいえば、第15項まで続いています。
ちなみに、漢数字で「一」とか書いてあるところは「第〇号」のことです。
今回の告訴で使われたのは「一」に書かれている罪です。
ですから、「不正競争防止法第21条第1項第1号」という書き方になります。
営業秘密侵害事犯の罰則
営業秘密侵害事犯の罰則は非常に重いです。
10年以下の懲役若しくは2,000万円以下の罰金で、しかも併科(どちらも科すよ、ということ)できるというのですから厳しいです。
「若しくは」というのは「選択刑」といって、通常は、どちらかひとつが科されます。
10年以下の懲役というのは、刑法でいえば「窃盗」や「詐欺」と同じレベルの重さになります。
泥棒やペテン師と同列だということです。
余談になりますが、刑事罰は「科す」で行政罰は「課す」です。
行政罰で課すものというのは「過料」のことです。
刑事罰にも「科料」というものがあってややこしいです。
ややこしいので「過料」のことを「あやまち料」、「科料」を「とが料」と言ったりもします。
どちらも「前科」にはならないというところで共通しています。
法改正の契機となった事件
実態にそぐわない法律
営業秘密侵害事犯に関する条文は、平成21年(2009年)に大きな改正がなされています。
それまで、営業秘密侵害事犯の条文には「不正の競争の目的で」という主観的要件が規定されていました。
この要件があることから、当時は、営業秘密侵害事犯が成立するには「当事者が競業関係にあることが必要」とされていました。
するとどういうことが起こるかというと、こういうことになります。
元店員が顧客情報流す
ドコモ関西代理店 最大で339人分
NTTドコモ関西(大阪市)は4日、同社の販売代理店が運営する滋賀県草津市の店舗で元女性店員が住所、氏名などの顧客情報を不正に検索し、知人に漏洩(ろうえい)していたと発表した。最大で全国の顧客339人の情報漏洩の可能性があるという。
同社によると、元店員は同店に勤務していた昨年8月、携帯電話番号をもとに顧客情報管理システムで顧客の氏名、住所、生年月日を検索、複数の顧客情報を知人男性に漏らしていた。元店員は「金を貸した相手の連絡先を知りたいと言われた。不正に検索した個人情報の半分くらいを教えた」と話しているという。
東京都内の顧客から「自分の住所を知らないはずの人が自宅来た」と指摘を受け、同社が調査を実施。元店員を警視庁ハイテク犯罪対策総合センターに告訴していた。その後の調べで、漏洩した情報が複数の仲介者を通じて調査会社に渡ったことが判明。警視庁は当初、窃盗罪の立件も検討したが、紙や電子記録媒体など「財物」の持ち出しがなく断念。今年9月、企業の秘密情報を第三者に不正に開示したとして元店員や仲介者ら6人を不正競争防止法違反(営業秘密の侵害)容疑などで書類送検した。
しかし同法は「公正な競争を阻む目的であることが構成要件で、知人に依頼した場合などは想定していない」(経済産業省)とされることもあって、最終的に元店員らは起訴猶予処分となった。
情報持ち出し法整備に不備
罰則規定ほぼなし
個人情報の漏洩を防ぐ法的措置には、不正アクセス禁止法や個人情報保護法などがあるが、一部法令を除き従業員らが情報を持ち出す行為自体への罰則規定はほとんどない。情報自体の持ち出しを処罰する「情報窃盗罪」の創設などを検討すべきだとした指摘も出ているが「内部告発がされにくくなるなど懸念する声もあり慎重な検討が必要」(経済産業省)といい、立法は具体化していない。
(平成19年12月5日の日本経済新聞朝刊紙面から引用)
“競業関係にないから不起訴”
これは、平成19年(2007年)の日本経済新聞の記事です。
NTTドコモ関西の代理店のスタッフが知人男性に依頼されて、店舗の端末を叩いて顧客情報を渡していたというものです。
そして、その情報は探偵業者のもとに流れていました。
最高裁判例を作ろう!
この事件の告訴を受理した警視庁ハイテク犯罪総合センター(現サイバー犯罪対策課)の捜査員は、こう考えました。
「探偵業と携帯電話キャリアに競合関係はないから、通説の理解では犯罪不成立になってしまう。でも、このような行為が野放しになっていいはずがない。ならば判例を作ってしまえ」
そして、その捜査員は、東京地検の検事と綿密な打ち合わせを重ね、担当検事が
「よし、最高裁判例を作ろう」
と言うところまでもっていきました。
理屈としてはこうです。
「携帯電話キャリアと探偵業は、直接の競業関係にはないが、探偵業者が同業の中で抜きんでるために行った不正な行為なので『不正の競争の目的』といえる」
最高裁判例作れませんでした……
ところが、「よし、逮捕状請求だ」となり検事が上司に決裁を上げたところ
「身柄(逮捕のこと)は認めない。書類で送るように」
との指示を受けてしまいました。
無罪判決は避けたいという判断だったのでしょう。
その結果が上の新聞記事につながるわけです。
この件を受けて、NTTドコモ関西も事実を公表しています。
この事件のように、当時の営業秘密侵害事犯は、刑事罰を適用するのが非常に難しく、ほとんど検挙がありませんでした。
法改正
これをきっかけに「『不正の競争の目的』という主観的要件はおかしくないか?」という機運ができます。
そして、平成21年(2009年)の法改正へとつながります。
この改正で、主観的要件ががらっと変わりました。
改正前)不正の競争の目的で
改正後)不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で
法改正の効果はばつくんだ
この改正が行われたことで、営業秘密侵害事犯が格段に検挙しやすくなりました。
それを裏付けるのが、警察庁がこの改正後の平成25年(2013年)から営業秘密侵害事犯について検挙の統計を取り始めたという事実です。
つまり、それまではほとんど検挙がなく統計を取る必要もなかったのです。
警察庁生活安全局が発表した「令和5年における生活経済事犯の検挙状況について」という資料があります。
その中で、営業秘密侵害事犯の過去10年間の検挙件数がグラフで示されています。
令和6年警察庁「令和5年における生活経済事犯の検挙状況について」から引用
それでもやっぱり難しい
昨年は、若干減ったものの、年々検挙件数が増えてきています。
とはいえ、最も多かった令和4年ですら年間で29件です。
全国47都道府県ある中での29件ですから、年間で1件も検挙がない都道府県警察が半数近いということになります。
法改正で適用しやすくなったとはいえ、まだまだ立証のハードルは高いといえます。
内部不正調査の難しさ
営業秘密侵害事犯をはじめとする内部不正の調査は、サイバー攻撃被害の調査とは異なった難しさがあります。
次に示すようなことが必要とされるからです。
内部不正調査に求められる素養
- 犯罪構成要件を理解している
- 証拠保全や書類作成に関する手続き(刑事訴訟法)に精通している
- 刑事裁判における書面の証拠能力を理解している
- 構成要件の充足を意識した内容で書面が作成できる
- 裁判所(裁判官)が理解して納得できる形式や用字用語で書面が作成できる
- 公判廷に証人として出廷して反対尋問に耐えられる
これらは、知識やデジタルフォレンジックの技術だけでは対応できません。
実際の捜査経験、しかも経済事犯に関する経験がないと適切な対応は難しくなります。
顧問弁護士と調査会社の間で何度もリテイクを繰り返すより、警察にそのまま提出できる報告書が納品された方がいいと思いませんか?
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